連載全5回のうち第2回目
作成:讃匠 麺研究センター
「成功するビジネスとは、個人がのびのびと自分を表現することでもたらされる」 という信念を著者は持っているのです。
この書籍の著者であるポール・ホーケンが最も言いたかったことが書かれている第11章をご紹介します。
第11章 聖堂守
本書の執筆にあたり難しかったのは、読者が事例をそのまま鵜呑みにし、なぞってしまわないよう配慮することだった。
「お手本」として真似してください、そうすれば成功するよ、という教則本みたいな姿勢はぼくの意図から最も遠い。
だからぼくは記述に熟慮を重ねたし、さまざまなビジネスの事例を可能な限り短くした。 紹介したエピソードの1つひとつは、いずれもそこから発想を発展させ、要点をつかみ、自分のビジネスへと応用してほしい。 「模範解答」ではない。
唯一お手本としてほしいのは、全体観ある経営の見方だ。 あなた自身と会社、取引先、顧客、そして地域コミュニティ、それらをすべて統合して考えよう。
ただひたすらシンプルにベストを尽くしていれば、世界はきっとあなたに手を差しのべてくれる。 世の中、あまりにひどいビジネスが多すぎるのだから。
さて、本書もいよいよフィナーレだ。
最後に1つ、とっておきのお話を紹介したい。
サマセット・モームの短編『聖堂守』だ。 感動的で、成功するビジネスの肝となる基本要素がぎゅっと詰まっている。
ちなみに聖堂守とは英国国教会ヒエラルキーの下層にある役職だ。 聖堂守の名前はアルバート・エドワード・フォアマン。 ロンドンの下町訛りがあり、人付き合いがうまく、頑固、自分に満足していて、非の打ち所のない性格だ。 アルバートのチャンスはトラブルから生まれた。 そう、彼のビジネスは、やんごとない理由から誕生したのである。
彼はビジネスで成功したが、それは彼の正直さ、純真さからであり、ずるいことをしたからでは決してない。 忍耐強い観察が成長の源であり、強欲からではない。 ビジネスに対する満足はプロセスからで、ゼニカネの目標達成によるものではない。
要するに、聖堂守は自分のビジネスを成長させようとして方向転換や妥協をしなかった。 彼のビジネスの成長と成功は結果であり、目的ではなかったのである。
物語冒頭。
アルバートは16年このかたロンドンの教会で聖堂守として働いている。 これが彼のビジネス界へと転身する前のキャリアだ。
洗礼式が終わった直後、新任の司教代理がアルバートを呼びつけた。 日ごろの働きをねぎらった後、司教代理はこう切り出した。
「あなたは読み書きができないというでありませんか。驚きました。 事の次第によっては、誰かほかの人に業務を分担してもらわねばならなくなります。 これは私の立場上、見過ごすことはできません」 聖堂守はご指摘の通りだと言った。
司教代理からは、3か月の猶予を与えるからその間に読み書きをマスターするように言われた。 しかし、聖堂守は、自分はいまからそんな新しいことを覚えるには年を取りすぎていると考え、断った。 すると聖堂守の驚くことに、クビになってしまった。 慣例では、聖堂守という役職は生涯守られるはずだったのだが。
いまや失業者となったアルバートは家路についた。 曲がり角を間違えた。 そのときふいに、煙草を吸いたいと思った。
アルバートにとっては、煙草は疲れたときの数少ない楽しみだ。 「ゴールド・フレーク」が好みの銘柄だった。
しかし、歩けどもその長い通りには煙草屋が1軒もなかった。 とうとうブロックの最後になった(ロンドンのブロックの単位は非常に長い)。 来た道を逆戻りした。 しかし煙草屋はなかった。
翌日、聖堂守時代に貯め込んでいたお金を元手に、煙草屋を開店した。 聖堂守は新聞も置く煙草屋のおやじになった。 お菓子も少し置いた。 妻は聖堂守だったのに煙草屋なんて、何てひどい落ちぶれようと愚痴をこぼした。 しかしアルバートは、時代は変わった、教会も昔とは違うんだ、と言った。 店は繁盛した。
1年後、アルバートは煙草屋のない長い通りを発見し、2号店を開店した。 マネジャーを雇った。 2つの店は繁盛した。 アルバートはロンドン中を歩き回った。 煙草屋のない長い通りを見つけると、出店した。 10年後、アルバートの経営する煙草屋は10店舗になった。 ある朝、先週の入金を預金するため銀行に行くと、銀行のマネジャーが「お話がございます。 少しお時間よろしいでしょうか」続けていわく、「お店の繁盛のおかげで資金も潤沢に貯まっております。 いかがでしょうか、この資金をより配当の良い投資へお回しになっては。 もしお任せいただけるなら、悪いようにはいたしません。 この用紙に必要事項をご記入いただくだけで、後はすべて当行が責任を持って資産運用させていただきます」
「ありがとうございます。 でも、わし、できないんですわ。 魅力的なお話だとはわかっとるのですが。 えーっと、わし、読み書きができんので。 自分の名前くらいで……。 それも商売を始めるときにやっとこさ教えてもらったというわけで」 銀行のマネジャーはあきれ返った。
「では、フォアマン様は、この素晴らしいビジネスを、この莫大な財産を、読み書きできないまま、築き上げてこられたと……。 信じられません。 1つおうかがいしたいのですが、仮に、読み書きができたとすれば、どうなっていたとお考えでしょう」 「それなら簡単です」ミスター・フォアマンは言った。
貴族的な風貌に小さく微笑みを浮かべて。 「聖ピーターズ教会で聖堂守をやっているでしょうね」